「家族」というもの。感謝と慈しみの精神。

(写真はイメージです)
こんにちは。長野市三輪 ”相続・遺言・おひとり様高齢者専門 ” 行政書士の可児(かに)と申します。
「身元保証人」「死後事務(行政手続、遺品整理など)」は、本来その家族が担っていたのですが、今は「家族がいない」「サポートする人がいない」というのが当たり前の社会になってしまいました。
最近の若い人の中には、積極的に新しい家族を望み、熱心に婚活する人がいる一方で、「家族は面倒くさい」「一人のほうが気楽」と思う人も増えているようです。車に興味ない、デートも面倒くさい、夫婦生活も子育ても面倒くさい、そもそもお金がない といった、家族を持つことへのネガティブなイメージがかなり強くなっているそうです。
確かにそれも理解できます。結婚して嬉しいことや楽しいこともたくさんありますが、その一方で、夫婦喧嘩は必ず起こるし、親族とのお付き合いに悩み苦しむことも(一般的には)多々あります。子供ができても、病気だ進学だ、反抗するだ何だかんだで、いつまでも悩みがつきないというのが厳然たる事実です。そして、それぞれの親の介護というのも重大な問題であり、介護のために、その息子や娘の家族が仕事を奪われたり、身も心も疲弊しきってしまうということが、現実に数多く起こっています。
そもそも、家族を持つということは「生命と財産に関する責任を背負うこと」に他なりません。
そりゃ大変な事ですよ。
しかし、その責任を背負うという作業を、お互いが感謝しあい、慈しみあいながら担っていくのであれば、「お互い大変だったけど、今まで本当にありがとうね。」と、亡くなる人は喜びに満ちてあの世に逝けるだろうし、お世話をした人も、ある意味での深い達成感、もしくは安堵を覚え、人生における「心の充実」と言った部分に貢献するのだろうと思います。
現在は、様々な事情で家族がバラバラになったり、家族や伴侶を最初から持たない(持ちたいけど持てない)という方も多くいらっしゃいます。それでも、いつかは必ず老いを迎え、自分一人ではではどうにもならない場面に必ず遭遇します。
その時に、家族の代わりになってもらえる、我々のような民間の志ある士業や団体が、社会からますます求められるようになるでしょう。
その分野を当事務所も担おうとしているわけですが、少なくとも私は、こうありたいと思っています。
(真の家族であってもなくても)感謝と慈しみの精神を持ち続けること。
家族というものは、それぞれ感謝と慈しみの精神が基本にあったはずです。
私自身が家族代行の事業を担う以上、その精神を絶対見失ってはならないと、改めて決意をさせて頂きたいと思います。


